思い出すのは
「あれ…チヤ君、今日は一人?」
今日もウィアラさんにお使いを頼まれ、城の船着き場を通りかかるとアンテルムさんに呼び止められた。
「あーキミが噂の旅人君だね」
そして隣にいるのはアンテルムさんのお兄さんティムさん。繊細なムードで身にまとう空気がふわっとしている。どうやら兄弟で釣りをしていたようだ。
「はい、アンガスさんはやることがあるそうです」
「ん~やることねぇ」ティムさんが顎に手をのせて考える。
「どうせ酒場か女のところだろ」飽きれた、と言わんばかりのアンテルムさん。
「チヤ君も僕たちと一緒に遊ぶ?」
「兄さん、私たちは遊んでるわけじゃなくて食材の調達だろ」
「そうだったね、はは」
ティムさんの雰囲気が独特でペースに飲み込まれそうだ。
「またお願いします」一礼して船着き場を後にする。
*
「ねぇ、アンテルム。あの子は可愛いね」
「は?男だぞ…それにチヤ君の笑ったところ見たことないし、イマイチ感情が読めないんだよな」
「ふふふ」
「兄さん、何が可笑しいんだよ…あっ、釣れてるって!!」
*
ざぷん、と顔までお湯に浸かり「疲れた…」と言葉が漏れる。
女であることがバレないように、そして眠れないがために夜の3刻に浴場へ向かうのが習慣になったのだ。浴場を巡回する水の音しか聞こえない、静かで頭を空っぽにできる唯一の時間。
(アンガスさん何してるんだろう…)
頭を空っぽにしたはずが、思い浮かんだのはアンガスさんだった。エルネアにきて初めて会わなかった日。
ふと指先を見つめるとナイフで切った傷口が塞がっていた。アンガスさんが舌を這わせたところだ…あの時のアンガスさんの顔を思い出して、こくんと喉がなり顔が熱くるなる。
…なんなの、これ。なぜ心を乱されなきゃいけないの。