弟の名前を呼ぶ
今日は収穫の日。待ちゆく人が畑へ向かう姿は圧巻だった。
「けほっ」
私は埃っぽさで咳き込む。
喘息になるとしばらく動けなくなるのでどこか避難できるところを探さなければならない。
酒場は畑仕事が終わった人たちが集まるから…そうだ!
(ここなら大丈夫)
神殿のベンチに腰をかけた。結婚式の予定もなくあたりは静寂に包まれている。
祖国はオージー教だったけど、エルネアの宗教はなんだっけ…えーっと…図書室にあった内容を思い出そうとしているとうつらうつらしてきた。
(なんだか落ち着く場所だな、久しぶりに眠いや)
*
アンテルムは畑仕事で多くの国民が出払っている中、街を見回りをしていた。
「ん?誰かいるのか」
神殿に入るとベンチに人影が見える。
「チヤ君…寝ているのか?」
アンテルムはすやすやと眠る少年の隣に腰を掛け、出会いを思い出す。
何かから逃げるように市場でぶつかったこと、笑顔を見せず常に警戒をしている様子。
どのような背景があるのか探るつもりで食事に誘ったが、騎士や探索に興味がある普通の少年だった。
「ん…アン…スさん」
寝言で弟の名を呼ぶ声が聞こえた。
顔を覗くとあどけない顔をした少年──?
旅人の少年の顔がいつもと違って見え、アンテルムは目を見開いた。
神殿のステンドグラスから反射した暖かい春の日差しが、少年の頬を赤く染める。服から覗かせる首元の肌は陶器のように白く、まつ毛は長い。そして形のよい唇。
アンテルムは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
こいつに触れたい…?
なんだ、この感情は…自然とチヤの顔に近づく。
「アンテルムめーっけ」
背後から無邪気な声が聞こえ、はっと我に返った。
「ティム兄さんか」
「アンテルム、何をしてるの?」
「見回りしていたらチヤ君が眠っていたのを見かけただけだ」
「あー襲っちゃダメだよ」
「なっ、何をバカなこと言っているんだ。こいつは男だぞ!」
【こいつは男だぞ】自分に言い聞かせるように心の中で反芻した。
「あれ、僕…眠ってたんですか」
少年が目を覚まし私たちの存在に気がつく。
その顔はいつものあどけない少年だった。