影の正体
(はぁはぁ…)
闘技場から慣れないドレスを着て走るのは大変だった。ただでさえ体力がないのに呼吸が乱れる。
── カチャリ。
温室の扉に手をかけると開いた。
ここなら誰も追いかけてこないことがわかって安心する。
(早く着替えなきゃ!)
ドレス上半身のホックを外し腰まで落とすと、足音が聞こえた。
「アンガスさん、待って!いま着替えて…」
──!!
そこに立っていたのはアンテルムさんだった。
「アンガスとチヤ君…いやチヤさんの仕業だったか。今頃、闘技場では『あの女』は誰だと騒がれている」
アンガスさんの感情を抑えた声と、静かな足音が私を壁に追い詰める。
「ごめんなさい…」
「私たちエルネア国民をを騙してどういうつもりだ」
騙す…そんなつもりはなかった。
けど私に"つもり"はなくとも、それは受け手次第だ。現に王族の皆と仲良くなってしまった以上、相手を騙していたことになる。
今は何を説明しても言い訳になる。沈黙が重たい。
「チヤさんが、少しでも罪悪感があるならこれから身の振り方を考えるんだ。この国を出ていくか、私と恋仲になるか。恋仲になればこの騒ぎは抑えられるだろう」
── 私がアンテルムさんの恋人に?
驚いて顔をあげると、目の前に『影』が落ちる。
アンテルムさんのたくましい手で肩を抑えられ、口づけをされる。そして、無意識のうちにきつく噛みしめていたそこを優しく押し開かれ侵入を許してしまう。
これって以前に夢でみた『影』…あの時のキスはアンテルムさんだったの?
水音が聞こえて頭がしびれはじめる。
このままじゃ ──
「んっ…やっ、めて…!」
アンテルムさんが顔を離して刺すような視線を送る。
「アンガスだったらいいのか?」
「アンガスさんとは…何もありません!」
アンテルムさんの手が、私の肩から離れたすきに乱れた衣装を整え、荷物を持って駆け出す。