一歩
すべてを話した帰り、私はアンテルムさんと自宅までの帰路を歩く。冬の冷たい風が頬をなでる。
くしゅん
「大丈夫か」
アンテルムさんが、とっさに肩を引き寄せてくれたけど「あ、鎧は冷たいな」と笑ってすぐに離れた。
その笑顔は出会ったときを思い出す。
夜も遅く、人通りのない噴水広場に差し掛かりアンテルムさんが足を止める。酒場の明かりは小さく、噴水の音はザアザアと流れている。
「チヤさん…謝りたいことがある。断りもなく着替えさせたこと、口づけをしたこと…本当にすまないことをした」
頭を下げるアンテルムさん。
雲が途切れ、月明かりが顔を上げたアンテルムさんを照らした。
「チヤさんが、国を出る理由はなくなったが…私は貴方と恋仲になることを望んでいることに変わりはない」
「…」
「本来、王族と旅人では結婚できないが、王家の居室を出る私とだったら何も問題はない」
ティムさんの言葉が脳裏をよぎる。
── 『王族ってのもいろいろ大変なんだよ。好きな人と結婚できない場合があるし…』
こんなときにアンガスさんの顔が思い浮かんで首の後ろがかっと熱くなる。
「私は…」
「待ってほしい。卑怯かもしれないが、今すぐに答えを聞きたいわけではない。まずは,この国を楽しんで…そしてチヤさんに余裕ができてから…私との関係を考えて欲しい」
「はい……」
アンテルムさんの気持ちは伝わった。けれど、今は目まぐるしく状況が変わり頭が追いつかない。誰かと恋仲以前に国民として、この国に慣れたい。私はそういう意味で「はい」と返事をした。