目を見て
国民としての生活も少しずつ慣れてきた。
アンテルムさんは騎士隊長と議長を兼任しているので授業や議会と、忙しそうにしている。
アンガスさんはゲーナの森や瘴気の森に向かうところを見かける。トーナメント表を見る限り試合にも勝っているようだ。あの日、彼女に制されてから声をかけるのもはばかられる。
で、いま私の隣にいるのはティムさん。水源の遊歩道まで一緒に釣りにきたものの、調子が悪い。
「うーん、ザワムシしか釣れない…」
「チヤちゃんの心が壊れてるね」
「え…私はふつうですよ」
ティムさんが釣り糸を川から引き上げてこちらに向き直す。
「僕はね、アンガスもアンテルムも大事だから困ってるんだ。どちらかに肩入れすることはできない。チヤちゃんの気持ちはどうなの?」
「?」
「チヤちゃん、僕の目をみて」
言われるままにティムさんと向き合う。
アンガスさんと似た、艶冶な瞳は見つめていると吸い込まれそうな心地になる。ふとソファで押し倒され、アンガスさんに見つめられたときを思い出して顔が熱くなる。
「あー僕の目を見ながら違う人のことを考えてた」
「あ…」
ティムさんを見ていたのに違う人のことを考えるなんて、失礼なことをしたなと自分を恥じた。
「ふふ、チヤちゃんは嘘が下手なんだよね。はい、正直者にはこれをあげる」
差し出されたのは繊細な装飾がされていた小瓶。
「えっと、これは…」
「お守りみたいなものかな、ここぞってときに使ってね」
手元の小瓶を眺めた…ウィムの香水、だったかな。キャラバンで見かけたことがある、アンガスさんのお気に入りの香水だ。高価で手がでないけど。
どうせ断ってもなんだかんだ理由をつけられて手元に残るんだからと諦めて受け取った。
香水ひとつでこの想いが報われたらどんなにラクなんだろう。
── 王族と旅人は結ばれないのだから。