収穫祭の準備
収穫祭の今日は、神殿で祈りを捧げることになっている。私は王家の居室の一室を借りてアンガスさんと準備をしていた。
アンガスさんは新しいドレスを新調し私に差し出す。今日まで恋人のいるアンガスさんを避けていたので、昨年のドレスを返せてないままなのに……。
*
「着替えました…」
アンガスさんは目を細めて私を眺める。
「とても綺麗だよ」私に向けたなめらかな美声。
アンガスさんのひとつひとつの動作が私の鼓動を早くする…離れてから気がついてしまった自分の気持ちを押し殺すように、ことさらに平静を装う。
「ありがとうございます」
「じゃ、座って。髪の毛、結ってあげる」アンガスさんは鏡台の前へと誘導した。
アンガスさんの指がつむじから毛先まで撫で下ろした。その繊細な触れ方にゾクリと背筋が震える。
ふと鏡台の鏡越しにアンガスさんと目が合う。今までのことを切り出すなら今しかない…
「チヤ」
「アンガスさん」
お互いに名前を呼んでいた。
「あ、チヤから話して」
「ずっと言えなくてごめんなさい。昨年のドレスですが…実は走ったらボロボロになって…弁償するのにお金を貯めているところなんです。それと…噴水通りの家もアンガスさんの手配なんですよね…国民になった今、お金を貯めて返…」
矢継ぎ早にこれまでのことを伝えようとしたら、背後からアンガスさんの指が私の唇を撫でる。
「何も返さないで。チヤとつなぐものがなくなる」
── え?
鏡に映る肩越しのアンガスさんの眼差し。
「ドレスは似合うだろうとあげたつもりだし、噴水通りの家だってエルネアに残ってほしかったから手配しただけだよ」
(なんで…そんなことを…彼女がいるのに)
「もう、やめてください…」
(私はアンガスさんにどんどん期待して勘違いしてしまう)
「ああ、アンテルムに誤解されるよな」
アンテルムさん?
どうしてそこでアンテルムさんが出てくるの?なにか違和感……。
── トントンと扉を叩く音が聞こえ、ティムさんが扉から顔を覗かせる。
「ふたりとも、時間だよ。あ…チヤちゃん、綺麗だよ。さすがアンガスだね」