夏の情熱
季節はすっかり夏で日差しが眩しい。私は友人たちに誘われハーブや釣りを楽しんでいた。
「お昼になりましたね。食事にしませんか」
ビリーくんは気がついたら仲良くなっていた一人だった。顔が似ていて他人に見えない……というか弟のように見える。
ビリーくんはハンカチーフを取り出すと、それを地面に敷いた。
「どうぞ、座って」
自然な動作に驚きつつ、ありがとうと腰をかける。
一口目を頬張るとアンガスさんが向こうからやってくるのが見えた。
「チヤ、朝から捕まらないと思ったらここにいたの…」
「アンガスさんも一緒に食事しませんか?」ビリーくんらしい優しい提案に、私も同意しようとした瞬間、目線の高さが同じになったアンガスさんに唇を奪われた。
「んっ!」
「うん、ビリーの料理もチヤも美味しい」満足気にアンガスさんが農場を後にする。
私とビリーくんは顔を赤くして固まって、料理の味がわからなくなってしまった。
*
「ははは!それアンガスの嫉妬じゃん」バルバラちゃんはけたけたと笑った。
「そんな…」
「朝からチヤを探して、一緒にいたのが男って!余裕ぶって内心、焦ってたかもね」
ニッキーくんもビリーくんも弟みたいだなとは思っていたけど、アンガスさんにはどう見えていたのか…軽率だったのかもしれない。反省をしよう。
*
「アンガスさん、デートしませんか!」森から出てきたアンガスさんを捕まえた。
「もちろん、嬉しいよ」
「チヤくん、ご飯ちゃんと食べてる?」
すぐ背後からオスキツ国王に声をかけられて驚く。
「父さんまでチヤに餌付けを…」はぁ、とため息をつくアンガスさん。
「この料理、なかなか個性的ですね」
「豪快でしょう、ウニは希少だからね」
「オレ、見た目が美しくないものは苦手なんだよね」アンガスさんらしい。
*
バルバラちゃんと釣りをしていると、アンテルムさんがバルバラちゃんの身体を気を使うように声をかけていた。
バルバラちゃんは妊娠をしていて、二人の眩しそうな笑顔は夏の日差しのせいじゃない。
*
アンガスさんの仕事をみたくてこっそりと評議会堂に身を隠す。決議が終わり、皆が出ていったところを見計らって立ち上がる。
アンガスさんが先ほどまでいた席の机を指でそっとなでる。
「そんなに愛おしそうなに机をなでられても困るんだけどな」
「!!」突然、声をかけられて振り向く。
アンガスさんの青い眼差しが間近に迫り、優しい口づけを落とした。
「まだだよ」
腰を強く引き寄せられ、逃げられない。
「んっ…んっ!」
最初は浅い口づけだったが、舌先でこじ開け次第に深く、角度を変えて何度も舌が絡む。
「はっ…ん」
水音が響いてどちらのものかわからない唾液があふれる。口角を伝う熱い唾液の感触に背筋が震えた。
「こんなものかな…」アンガスさんが身体を離す。
「…ふっ…な、なんで…」
なんでって…
アンガスは昨晩、ベッドに入ってからチヤと仲良くしていた年下の男のことを思い出していた。さらには過去にチヤがアンテルムとファーストキスを済ませてしまったことも思い出し、行き場のない気持ちのせいで眠りが浅かった。
それでいて寝不足の中、評議会に呼ばれ大量の仕事をこなし、目の前にはアンガス本人に会わずしてなぜか机を愛おしそうになでるチヤ。
気が付いたらこのような行動に出た。
要はアンガス自身も感情と行動がめちゃくちゃなのだ。
「可愛いからだよ、チヤ。……チヤが可愛くて仕方ないんだ」
同じことを繰り返し強調するアンガスさんにどこか狂気を感じる。
「……アンガスさん、疲れてませんか?」
「そうだね…」瞳に影を落とす。
「こんなこと私が言うのも無責任かもしれませんが、騎士隊長じゃなくても……私はアンガスさんが好きです。だから気を楽にしてください」
「…」
「今日のデート…楽しみにしています」
*
水源の滝が流れる湖は透明度が高く、周りの新緑を反射してエメラルドグリーンの輝きを放って美しい景色が目の前に広がっていた。
「チヤ、さっきはすまなかった」
「いいえ、驚きましたが嬉しかったです」
「そう言ってオレを許してくれると、どこまでも甘えたくなる…じゃあ、もっとキスをしひぇえあ…」
私はアンガスさんの両頬を軽くつまんだ。
*
アンガスさんの親友であるロニーくんが試合に出場する。
「おめでとう!ロニーくん」
「ありがとう、勝てると気持ちいいね」
私たちはその後、武術の話がてらハーブ摘みに出かけた。
するとヴィクトリア王妃とアネットちゃんが農場に現れる。
妊娠したというアネットちゃんの報告に、上機嫌なヴィクトリア王妃。
ロニーくんが次はアンガスさんとチヤさんの子かなと無邪気に笑う。
(まだ結婚もしてないよ、ロニーくん!)
*
「アンガス先生か…」
私は休日のナトルの学舎に来ていた。
アンガスさんの授業の様子を見たくて、予定表を確認するついでに、出入り自由な教室の席に座って、味わうことのなかった学生気分に浸っていた。
「はーい!先生、教えてください」
「何を?」
誰もいない教壇に向かって言葉を投げると返事が返ってきて驚く。
「!!」
「いつからいたんですか!?」
「チヤが教室に入る前から」
「ずっとじゃないですか!」
「もう一度、アンガス先生って言ってよ」
「……」
「可愛い生徒ちゃん、デートしよっか?」
「先生、それはいけません」
「ノリノリだな…チヤ」
教室を出るとアンガスさんは子供たちに囲まれてしまった。面倒見がよくて子供好きな一面の新しい発見があって嬉しい。
私は子供たちに引っ張られたアンガスさんの背中を見届ける。
*
すると、オスキツ国王とヴィクトリア王妃が散歩をしていた。仲睦まじい様子に頬が緩む。
「チヤくん、ほら指輪」二人は私に結婚指輪を見せてくれた。何か圧を感じる……。
「と、とても素敵です」
「アンガスからはもらったの?」ヴィクトリア王妃が核心に迫る。
「いえ、まだそういうのは……」
「もう!手が早そうに見えて、慎重なのね」
「オレの息子だからなあ」
「それじゃ私たちと同じで──」
わがままな性格のオスキツ国王と合理主義なヴィクトリア王妃。きっと二人は激しい恋愛をしてきたんだと思う。なんとなくそれは伝わった。
私は二人のやりとりからそっと抜け出す。
*
王立闘技場でトーナメント表を確認する。
「チヤ、おはよう」
「あ、おはようございます」
「今日の試合、応援してね」
「もちろんです」
「じゃ、もう行くね…今日は瘴気の森へ行くから」
アンガスさんは朝に会いにきて、すぐに探索へ出かけてしまう。
「アンガスさん、待って!」
私はアンガスさんに駆け寄ってキスをした。
「チヤ…」
アンガスさんにとって、私からのキスは不意打ちだったのか顔を真っ赤にしていた。
「行ってらっしゃい!」
試合相手は銃を使って、アンガスさんは負けてしまった。
「はぁ…ずるいよな…銃って」
試合後、私たちは酒場へ行ってお疲れさま会を開いた。
「互角に戦えてたんですからすごいですよ」
「まぁね、でも…これで来年はチヤとの時間がたくさん取れると思うとほっとしてる」
お酒を飲んだアンガスさんが本音を漏らす。
「あー!アンガス先生、デートなのに酔っぱらってる」子供たちが酒場に集まっていた。
「こいつたちとの授業も最後だな…騎士隊長の役割は果たすか」
*
デートの帰り、アンガスさんは仕立屋で夏服に着替えた。
「すっげぇラク」
「来年は騎士隊長じゃないとわかった瞬間それか」アンテルムさんが通りすがりに声をかける。
「鎧とか重すぎてムリ」ボタンを外して大胆に胸元をあける。
「私はこんなアンガスに負けたのか…」
「兄貴とはまともにやりあったら太刀打ちできないっての、オレは作戦勝ちなだけ」
仲が良いこの兄弟のやりとりも久しぶりで微笑ましい。