気が付かない
翌日、怪我した足をかばいながらエルネア城に向かうと、ローゼル近衛騎士隊が集合していた。
一瞬、ティナはその中の騎士と目が会った気がした。
騎士隊が解散するのを見計らって、エルネア城の階段をゆっくりと上る。
──ズキッ
脚に痛みが走り、よろけると後ろで身体を支えられた。
ティナ「ご、ごめんなさい」
慌てて体勢を立て直す。
???「脚はもう大丈夫なのか」
ティナ「あ…あの時、助けてくださった騎士様!」
まるで初めましてのごとく自己紹介するティナに、アンテルムは悟られないよう心の中で
しかし顔と名前を忘れられるとは。 そのうえ手紙に名前を書き忘れてから彼女の返信はすべて”ティム様”宛になっていた。
ティム兄さんは『早く訂正して名前を書くといいよ』とアドバイスをくれたが、そうしなかった。
アンテルムは手紙の向こうで、ティムに淡い恋心を抱くティナの顔が浮かんだからだ。
アンテルム「私は仕事があるのでもう行く。気を付けて」
お礼をしたいと引き留める彼女を背にして、瘴気の森に向かう。先ほど仕事納めをしたばかりだというのに。
*
ティナは王の居室の長椅子に腰をかけてティムとオスキツの会話が終わるのを待っていた。隣の部屋から聞こえる話し声は、ときおり語気が強まってつい聞こえてしまう。
ティム「父上、来年、僕は騎士になります。これで満足ですか?彼女と結婚は進……」
ティム様が結婚?それが騎士になる理由なのかしら?ぐるぐると頭の中がまわる。一体どれくらいその場にいたのか、わからない。
ティムが部屋を出るとティナと目があった。
ティム「ティナちゃん、どうしたの?」
ティナ「あ、あの……わたくし恥ずかしいことにご兄弟の……その、もう一人の王子にお会いしてなくてご挨拶をと思いまして」
???「あー、アンテルムね」
違うところから声がして、後ろを振り向くとアンガスが立っていた。
ティム「そういえば、ティナちゃんはアンテルム君の名前が上手く言えなくて、ずっとアンテルム君を呼ぶのに『あの』だったね」
(彼の名前を聞くと頭の中がうずくのは、彼をどう呼んでいたか思い出せない後ろめたさだったの?)
アンガス「おかしいな……仕事納めしただろうから、戻ってくる頃だと思ったけど」
ティナ「そうですか。遅くなるとご迷惑ですから、出直します」
ティム「待って、宿まで送るよ。アンガス君は父上の説教があるでしょう」
アンガス「げ……」