それぞれの春
「ウィアラさん、デートしてきました」
「はい、よくできました」
「これって報告する意味あるのでしょうか?」
「元旅人が幸せになっているか、見届ける義務があるのよ」
絶対に個人的に楽しんでると思う。
「そうそう、アンガスは騎士隊長よね、忙しいけど遅刻しても怒らないであげてね」
騎士隊長のアンガスさんは行事に授業と忙しくなる。
*
王立闘技場のトーナメント表を見ているとオスキツ国王が話しかけてきた。
「チヤくん、どうしたのかな」
「開会式を待っているところなんです」
「お、今日のアンガスはかっこいいだろうね」
「は、はい…」
武術を学びたい気持ちもあるけど、アンガスさんをひと目みたいとよこしまな心がばれて少し恥ずかしい。
騎士隊長は一番若手の騎兵と戦うことになる。洗礼を浴びることになった若手のトリシアさんだけど良い試合をみせてもらった。
試合が終わるとテレーゼ王太子に食事に誘われた。
「アンガスは騎士隊長の大変さをわかってなさそうだけど大丈夫かしらねぇ」
テレーゼさんは終始、アンガスさんの私生活と騎士隊長の両立を心配していた。
「ま、チヤちゃんはアンガスがどうなっても救ってくれそうな気がするけど、ふふ」
好きな人がたまたま王子で、お付き合いするには騎士隊長になる必要があっただけ。私がアンガスさんを好きになったのは役職じゃなくて、問題を乗り越える力の本質に惹かれた。だから騎士隊長じゃなくても彼の選択なら応援したい。
*
「チヤさん、幸せそうだね」
そう声をかけてきたのはティムさんの恋人、アネットちゃん。
「アネットちゃんも幸せそう」
「うん、実はね」
なんとティムさんとの婚約が決まったとのこと。
私とアンガスさんの付き合いが決まってから、アンテルムさんティムさんが安心して結婚の話をすすめたと聞く。
*
(ふぅ…雨の恵みはありがたいな)畑仕事は気に入って習慣になっている。
「チヤさん、雨宿りがてら一緒にでかけませんか」
声をかけてきたのはニッキーくん。アンガスさんの新年の誓いを見に行った後、玉座の間で男の子とぶつかった。成人式を迎えるようで、そのまま見届けて仲良くなった。
「ううん。雨も気持ちいいからここにいるよ…それに好きな人に会えそうな気がして」
「…敵わないな」
「?」
「チヤとニッキーじゃないか」
「チヤさんの宣言通り、本当にきましたね。僕はお邪魔なのでこれで」
「どうしたんだ、ニッキーは?」
「雨を心配してくれたみたいです」
「そっか」
「アンガスさんはどうされましたか?」
「雨だから会いにきたよ。オレたち二人のために宝石が降ってるみたいだね」
「は…はい、宝石ですね?」返事がおかしくなる。
私はアンガスさんの甘い言葉に慣れない。彼が言うこと自体に違和感がないのは、流石というべきなんだろうけど、どう反応したらよいか困ってしまうのだ。
「チヤの照れた顔が見られて満足。もう行くね」
「あ!アンガスさん、どちらへ?」
「ゲーナの森だよ」
無理してませんよね、と言いかけた言葉を飲み込んだ。アンガスさんは自分の限界をわかっている。私はその時にちゃんとフォローできればいい。
*
春のデートは神殿のアトリウムに続いて、雨の幸運の塔だった。
寒くない?とアンガスさんは腰に手を回して抱き寄せた。
「チヤの心臓の音すごいね」
「えっ、聞こえるんですか?」
「嘘、さすがに聞こえないよ」いたずらに笑うアンガスさんを見て緊張が溶ける。
「なっ、もう!!」
*
「チヤちゃん、明日は結婚式なんだ。よかったら参列してくれないかな」
「もちろんです!」
収穫祭の日に結婚式を迎えるティムさんとアネットちゃん。誰かの幸せが私の幸せ、こんな感覚は初めてで嬉しい。
「ニコニコだね」
声をかけてきた彼はロニーくん。アンガスさんの同級生でもあり、親友でもある。
「好きな二人が結婚するんです」
「それは嬉しいね。じゃあ、チヤさんとアンガスさんの結婚式は私を呼んでほしいな」
ロニーくんの申し出に驚いてしまう。私が結婚?…意識をしていなかった。
「あれ?驚いたような顔をして、もしかして考えてなかった?アンガスさんショックをうけそう」親友のことを考えて本当に悲しそうな顔をするロニーくん。
「そういうわけでは……」慌てて否定をする。
「アンガスさんがチヤさんに執着するのもわかる気がするな。どこかに行ってしまいそう。まぁ、アンガスさんもちょっと前まではそんな感じだったけど…彼は変わったよね」
私がどこかに行ってしまいそう?国民になった自覚はあるけど、どうしたら地に足ついたようにみられるのだろう。
*
収穫祭の前に結婚するアネットちゃんに誘われて食事へ。
続々とみんなが集まる。
あれ?皆が私を心配する親のように見える…
*
その日の夜、私は騎士隊長の居室にいた。
「アンガスさん!私って頼りないですか?エルネアからいなくなるように見えますか?」
「こんな時間に会いに来たと思ったらどうしたの?誰かに何か言われた?」
ロニーさんと結婚について話をして、と言いかけたけどやめた。結婚を変に意識してしまう。
「いえ、な…なんとなくです」
「まぁ、正直なところ本当に付き合ってるんだなって実感を得るのまだだね。これはオレの問題でもあるんだけど、思いのほか隊長の仕事が忙しくて余裕がない…あ、チヤに問題はないよ。つなぎとめるのはオレの役目だから」
アンガスさんが全てを背負いこもうとしているように見える。
「私はどこかにいったりしませんっ」
アンガスさんの胸元に飛び込んで彼の顔を見上げる。
「……チヤ、こんな時間に男の家に来て、上目遣いはダメだよ」
「あっ」自分の体勢に我に返って慌てて離れる。
「オレのお姫様は何を心配しているのかわからないけど、大丈夫。オレはチヤを離さない」
(なんなら拒絶されても絶対に離さない)一瞬、アンガスさんの目が光るように見えたがすぐに優しい瞳に戻った。
*
収穫祭当日、私は朝から神殿にいた。
「チヤ、結婚式はまだだって」
「張り切りすぎましたね」
アンガスさんが隣に座る。
「にしても……二人で収穫祭の祈りに出たのはいい思い出だ」
しばらく思い出話をしていると私のお腹が鳴った。
「何も食べてないの?じゃ、これ」
差し出されたのは美味しそうな食事。
「何を驚いてるの?食べられないなら食べさせてあげるけど……はい、あーん」
「いえいえ、自分で食べます!いただきますっ」
アンガスさん、料理できるんだ…意外な一面をみてドキドキしてしまう。
*
収穫祭の祈りに続いて、
ティムさんとアネットちゃんの結婚式が続く。
私はエルネアの春を満喫した。