【アンガス視点/アンテルム視点】兄弟
【アンガス視点】
厳かな静寂が神殿を支配していた。祭壇のもとにチヤと並ぶ。
横目で見るとステンドグラスから差し込む陽光でより一層、チヤが美しい。
オレは今日まで、ずっとチヤに避けられている気がしていた。
恋人であるアンテルムに気を使ってかと思ったが、兄貴と会っているところも見かけていない。なんならティム兄さんと釣りをするところをよく見かけている。
(二人はうまくいっていないのか?)
コホン、と神官の咳払いが聞こえた。
「エナの子に選ばれた男女より、それぞれの天地の託宣を賜ります」
*
祈りを終えたチヤにアンテルムが声をかける。
「チヤさん、このあとは?」
「え…」
チヤの驚いた顔…恋人同士だというのに最初から約束してないのかよ。
「兄貴、チヤは着替えるのに時間がかかるからそのあとでいい?この髪型を戻せるのはオレだけだし」
「そうだな、わかった」
チヤにこれまでのことを詫びたい気持ちもあったが、なんとなくアンテルムと二人にさせたくない勝手な動機で二人の間に割って入った。
*
居室に戻り、髪をほどかせながらチヤと顔を合わせる。
「アンテルムと出かけるのを引き止めてごめん」
「いえ…約束していませんでしたから」
「ね、兄貴は騎士隊長で忙しそうだし…二人はうまくいってる?」
「え?うまくいくも何も…」
妙な間がオレとチヤの間に流れた。朝から会話に違和感がある…すれ違っているような気がする。
「そうだ、アンガスさんが朝に言いかけたことはなんですか?」
「ああ、ずっと謝りたかった。オレはチヤを泣かせるほど追い詰めていたのかと自責の念にかられていた」
「それは、違います。私こそ、優しい皆さんを騙して罪悪感に苛まれていました。このままいたら良くないと思う一方で、エルネア残りたい気持ちもあって感情が溢れてしまって…決してアンガスさんのせいではないです」
「そっか…」
チヤに『この国にいたい』という気持ちがあったということを知って嬉しく感じる。
「私の方こそアンガスさんの時間を奪ってすみませんでした。次からは彼女との時間を大事にしてください」
── え、彼女?なんの話をしているんだ。
「これ、もらいものの香水なのですが…匂いでアンガスさんを思い出すと苦しいので…使ってください」
目尻に涙をためてチヤの手から差し出されたのは、ウィムの香水に似た『情念の炎』だった。
なんでチヤがそれを持っているんだ?チヤには手が出せない高価なものだぞ。それに、ウィムの香水だとして、なぜをオレを思い出すとチヤが苦しくなるんだ。
オレを思い出すのが苦しいなら、まるでチヤがオレを好きみたい──
──!
…情念の炎を前に、思いが溢れ出しそうなのをなんとか食い止める。
「チヤ、これは受け取る。それと、いろいろ片付けるから待って。その上でオレか兄貴か改めて選んで欲しい」
「アンガスさん!!」
呼び止めるチヤをよそに、オレは隣の騎士隊長の居室に駆け込んだ。
【アンテルム視点】
「兄貴!!」
「アンガス…どうした?」
私が王家の居室を出てから、玉座の間でしか顔合わせなくなったアンガスが、部屋に入るなり「オレは、兄貴を倒して騎士隊長になるから」と宣う。
収穫祭の祈りのあと、わざわざ私の間に割って入ってチヤさんと過ごしていたんだ。二人の間に何かあったのだろう、私でも大方の予想はつく。
「兄貴とチヤと付き合うことになった経緯は知らないけど…オレはチヤが好きなんだよ……!」
そのうえ、何か勘違いしている。(私とチヤさんが付きあっている、か。)それが事実だったらどんなによかったことか。
「何か言えよ…」アンガスが私の胸倉を掴む。
いつもの気怠げで享楽的な短い情事にふける"ダメな弟の顔"しかみたことがなかった。こんなに何かを必死に訴えているアンガスを見たのは初めてだ。
どうやら、チヤさんとアンガスを隔てるものは私の存在だけのようだ。
「アンガスに私は倒せないよ」
弟を以前の『享楽的な男』に戻すつもりもない。私はわざと剣呑な言葉を向けた。
「次の試合、絶対に勝つから。そしたらチヤから手を引いて」アンガスは私を睨む。
ふっ…こんなに良い目ができるのか…
私がこれから失恋をするだろうこと、目の前の弟に試合で敗北するだろうことが想像できてしまったが、どこか嬉しい。それは兄としても、騎士としても。