【アンガス視点】鍵
【アンガス視点】
日中の居室は他の家族が出払っており、込み入った話をするには都合がよい。アンガスは、父でもありエルネア国王のオスキツと二人でソファに腰をかける。
「オレ…騎兵トーナメントで一勝したんだ」
「そのようだな、おめでとう」
サイドテーブルに置かれたイム茶に手を伸ばし、緊張で渇いたのどを潤す。
これから父さんに願いを申し入れるが、詮索されたら何と答えようか?
「まだ騎士にもなれてないのにおこがましいのはわかっているが、お願いがある」
「改まってどうした」
「噴水通りの家をひとつ貸してほしい」
「なぜだ」すかさず事情を問う父さん。
「旅人が、資金の都合で長期滞在するようだから外食ばかりで不便だとおも思って」
嘘はついていない。
──しばしの沈黙。
「理由はわかった。チヤ君の資金が貯まったら、もしくはお前が騎士になれなかったら家を貸すのも終わりだ」
言われなくてもそのつもりだった。期限は来年まで。オレは騎士になってチヤをこの国に引き留める。
父さんに一礼をして去る。
*
図書室に入るとミアラさんが資料の整理をしているところだった。
「あら、アンガス王子…珍しいですね。どうかされましたか」
「噴水通りの家の鍵をくれないか」
「帰化でしょうか?私の手元に情報はありませんが」パラパラと国民台帳を開くミアラさん。
「いや、長期滞在する旅人に貸すんだ」
鍵を渡そうとするミアラさんの手が止まった。
「もしかして、アンガス王子は秘密をご存知で?」
そうか、ウィアラさんとミアラさんはチヤが『女』だということを知っているのか。
「そうだよ」
「ひとつ確認ですが、あなたは王族である以上、旅人と…」
「王子の立場をわかった上で、オレが望んでやっていることだ」ミアラさんの言葉を遮る。
これからどうするつもりか…問おうとしたミアラの口元は止まった。
目の前にいるのは、いつもの気怠げで享楽的な短い情事にふけると評判の王子の顔ではなかった。
──覚悟を決めた男の顔。
「わかりました。この先は王子にとって大変な道でしょうが、私もウィアラもお役に立てることがあれば仰ってください」
「ありがとう、助かるよ」
アンガスは鍵を受け取る。
オレがなぜ旅人、チヤに執着しているか?それは…