歪む
今日は収穫祭。
自然の恵みを豊穣の女神フェルタをはじめとるする神々に感謝する日。
神殿では厳かな祈りが捧げられる一方で、露店は珍しいものが販売され買い物をする人や港はマトラを釣る人でごった返している。子供たちは泥だらけになりながら宝探しに夢中だ。
(この国の人たちは幸せそうだな)ポロリと言葉が漏れる。
私は一通り街の様子を見て回って、酒場に戻ることにした。
「ウィアラさん、定食をください」
この日しかメニューに出ないおすすめのマトラ定食を注文する。
「こんにちは、ここいいかな?」
見上げるとアンテルムさんが立っていた。
「はい。アンテルムさんも定食ですか?」
「そうだな。マトラ自体はクセがあって美味しいとは言えないけど、お祭りの雰囲気を味わうものだと思っているよ」
*
「お待たせ、ごゆっくりどうぞ」
ウィアラさんが定食をふたつ、テーブルに並べた。
「収穫祭に乾杯」
グラスを顔の前で傾け、酒をあおるアンテルムさん。
今日は祝日なので仕事も休みなのだろう。初めてお酒を飲んでいるところを見た。結構いけるくちなのだろうか。
「ところで、ティム兄さんから聞いたが噴水通りに引っ越すのはいつなんだ」
「荷物をまとめたので午後には」
「行く当てがないなら、そのまま移住すればいいじゃないか」
「はは、考えておきます」
移住したとして、エルネアに祖国の戦士が追ってきたら?
『両親の死』のように永遠の別れを経験することになったら?
深く立ち入りたくない。ひとつの場所にとどまるのが怖い。
手元にあった飲み物をぐいっと飲み干す。
「あ、それはダメだ!!」アンテルムさんが私の手を掴んだ。
(喉が熱い…なにこれ…あ…れ?)
視界がぐにゃりと歪む。
「あらら、ポムの火酒を飲んじゃったみたいね」遠くでウィアラさんの声が聞こえる。