情念の炎
私はティムさんと王家の居室のソファに腰かけていた。
「それでアンガスに『情念の炎』を渡したら部屋を出て行ったんだね」
ふふっといたずらに笑うティムさん。
「あれはウィムの香水じゃないのですか」
「ああ、似てるよね。でも情念の炎は、悪しき関係を断つためのお守りみたいなものかな」
「悪しき関係…?」
「っと、その前に髪の毛をもう少し整えてあげるね」
ティムさんに鏡台の前へ導かれる。
「アンガスの悪しき関係は"女"だよ。嫌なことがあるとすぐ女に逃げるし、女が放っておかない。それが二人の関係を高めるものならいいんだけどね、そうじゃないから…」
私を突き飛ばしたアンガスさんの恋人の顔が脳裏を横切った。
「あ、チヤちゃんは特別だよ。アンガスはチヤちゃんのことになるといい顔になるから」
「…」
「それにしても、チヤちゃんの髪は綺麗だね」髪の毛の感触を確かめていたティムさんの所作を見てアンガスさんを、ふと思い出す。
「アンガスがチヤちゃんの髪の毛を綺麗に仕上げて、なんだか僕も誇らしいな」
── え…?
「昔ね、アンガスと互いに髪の毛を結いっこしてたんだよ。アンガスの小さい頃は髪の毛が長かったんだ。女の子みたいにしたりね、あの頃のアンガスは可愛かったな」
そうか、アンガスさんが髪の毛を結えたのは、ティムさんに教わったからなのね。女の人のためではないことが分かってほっとする自分がいた。
「チヤちゃん、アンガスのことを考えてるって顔に出てるよ」
ティムさんの言葉ではっとする。
「チヤちゃん、本当は表情が豊かなんだよ。だから言葉もそれに合わせてみて。少しだけ、アンガスのために素直になってくれないかな」