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アンガスさんとアンテルムさんの試合当日、私はティムさんと行動を共にした。
「ふふ、チヤちゃんからアンガスの匂いがする」
「こ、香水をもらったんです」
「うん、似合ってるよ」ティムさんは相も変わらずニコニコと機嫌がよさそう。
闘技場に到着すると老若男女の観客が席を埋め尽くしていた。それもそのはずだ、今日は王族の…それも騎士である兄弟の対決で国中が注目している。
「んー親族席に座ろうか」
王様の席に近い、中央の席に案内される。やはり他の女性の視線が痛かった。
「アンテルムは銃か…アンガスにとって厳しい戦いになるだろうね」
「…はい」
武器の相性を考えればアンガスさんの剣では不利なのは明確。
「アンテルム、根は優しいから小さい頃からアンガスにいろいろ譲ってきたんだよ。だけどね…今回の騎士隊長の立場、言い方を変えればチヤちゃんと付き合える立場は譲るつもりなかったんだね」
── 『欲しい物を手に入れるには、手段を問わないことにした』
アンテルムさんの言葉の意味を理解する。
アンテルムさんから好意を寄せられているのはわかっている、でも私は ──。
闘技場からワッと声があがる。
右の選手は『アンテルム・ブヴァール』左の選手は『アンガス・ブヴァール』
「試合はじめ!」
神官の選手紹介と試合開始の合図。
肌を刺すほどの気迫が場を震わせた。
先制はアンテルムさん。
魔法を込めた弾がアンガスさんの綺麗な顔をかすめる。
どこかアンガスさんの動きがにぶい。もしかして……私が先日、体当たりしたときの怪我をかばってる?
アンガスさんは防御体制をとっていて攻撃する気配すらない。
「アンガス、やる気あるのか!?」
アンテルムさんがアンガスさんに発破をかけると同時に、パンパンッと容赦ない銃声が響く。
撃たれるたびに盾の防御体勢を崩され、弾がアンガスさんに何発かあたり苦しそうなうめき声で観客席がしんと静まり返る。
気がつけば私は観客席から身を乗り出していた。
「アンガスさんっ、勝って!!」
自分でもこんなに大きな声が出せたのかと驚いた。
驚いたのは私だけではなく、アンテルムさんも動きが止まった。
アンガスさんが体勢を立て直し、不敵な笑みを浮かべる。
「今ので弾切れだね。チヤとふたり分の覚悟を持って兄貴に挑む!次はオレの番だ!」
アンガスさんが盾を捨てて、飛び出す。
刃が風を切る音、
傾ぐアンテルムさんの影と床をたたく金属音。
アンガスさんの必殺技が決まった……。
『勝者は── アンガス・ブヴァール!!』
試合終了の合図と共に、歓声が闘技場を轟かせていた。
アンガスさんがアンテルムさんの手を取り身体を起こす。
「アンガス、私が弾切れするのを知っていて防御だけをとっていたのか」
「兄貴、熱くなるところあるからね。機会を伺ってたよ」
「ふ…冷静だな。おめでとう、次の騎士隊長」
オスキツ国王の閉会の言葉を聞き終えて、私は闘技場を駆け下りた。
「アンガスさん怪我は!?」
「ん…すっごく痛いから看病して」
背後からコホンと咳払いが聞こえる。…私は慌てて身体を離した。
アンガスさんが国王と王妃の前に立つ。
「来年は居室を出るよ。今までありがとう」
「おめでとう、いい試合だったぞ」国王と王妃、いや父親と母親として満足げな表情を浮かべる二人。
アンガスさんがアンテルムさんの方を向く。
「というわけで、オレはチヤが好きなの。オレの勘違いでなければチヤもそうだよね?」
突然の告白に私は慌てて頷くしかできなかった。
「ああ、最初からわかってたよ…二人が惹かれていたことくらい。それでも私にだってチヤさんを好きだと主張する権利はある。だが勝負に負ければ引くのも騎士だ。幸せに、チヤさん」アンテルムさんは清々しい顔をしている。
「はい…」
「で、ティム兄さん。何かと感謝はしてるが、チヤにもう変なものを与えないでくれない?」
「ふふ、チヤちゃん青りんごが食べたくなったら教えてね」
「その冗談きつい…」必死なアンガスさんを尻目にふわふわとした表情をするティムさん。
闘技場を後にした私とアンガスさんは幸運の塔にきていた。先ほどまでの喧騒はなくなり、穏やかな風がマランダの花を揺らしている。
私とアンガスさんの視線が交わる。
「チヤ、エルネアに残ってくれて…オレを信じてくれてありがとう」
アンガスさんの瞳は私の心を溶かす。
「過去のことを忘れるのは難しいかもしれないけど、オレはチヤとこれからの時間を刻みたい。たくさん新しい思い出を作ろう。好きだよ……」
私たちを阻むものはもう何もない。
心が素直になれる ──
「はい…私もアンガスさんが好きです。一緒にいると自分が変われる気がして…今、周囲の景色が鮮やかにみえます」
「……その返事、最高。可愛いすぎる」
私の返事を聞いてアンガスさんの表情が柔らかくなる。この瞬間、二人の「好き」という想いは通じた。
「これで、恋人同士だね」つないだ手が暖かい。
今日から私とアンガスさんの関係が変わる。でも私たちを取りまく皆の優しさは変わらない。エルネアの日常に溶け込む感覚に心が満たされてゆく──。
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