温室での出来事
「昨日はすまなかった!お酒はほどほどにする」
アンガスさんが勢いよく頭を下げた。
「今日は俺のお気に入りの場所を案内したいんだけど付きあえるかな?」
「酒場ですか?」
「えーひどい印象」
「冗談です」
「意外だね、真顔で冗談を言うんだ」
二人で並んで歩くとアンガスさんは次から次へと女性から声をかけられる。
「アンガスぅ~最近、ぜんぜん構ってくれないじゃん♡」
「ごめんね、旅人君の面倒を見なきゃいけないんだ」
「えー?あら、可愛い男の子♡」
私は顔を隠すようにフードを深くかぶり頭を下げる。
「相手が男の子だったら仕方ないわね、またね♡」
女性がいなくなったのを見届けていじわるな言葉を投げかけたくなった。
「国王には僕と会ったことにして、女性と遊んできていいですよ」
「んーオレはね、好きな時に好きな子といたいんだよね。それが今はキミだよ」
好きな子、と言われてどきりとした。まぁ好物と同じレベルの表現なんだろうけど。
*
「はい、到着。オレは王家の温室がお気に入りなんだ」
重たい扉を開くと、むっとした空気が広がる。南国の温度と湿度にに合わせているんだろう。目の前には鮮やかな花が広がっていた。
「わ…すごく綺麗」
「でしょ?」
花の甘いにおいが鼻をくすぐり、思わず深呼吸をする。
「僕、旅をしてきてこんなに綺麗な温室は見たことありません」
言い終わると同時に記憶がフラッシュバックした。
──私がいたグァバメキアは軍事国家だ。徹底的に管理された温室は人を殺めるための毒草を育てていたはずだ。自分が捨てた国、いや捨てられた国の所業を思い出して気分が悪くなる。
「言葉とは裏腹に顔色が悪いけど…?」
気が付けば綺麗な顔が目の前にあった。少し姿勢を屈んだアンガスさんがフードに手をかけようとする。
(伸ばした髪の毛を見られる!)
「触らないで!!」
ばちんとアンガスさんの手をはじく。
「ああ、驚かせてごめん。暑いからフードを脱がないかなって」
「僕…クセ毛がひどくて恥ずかしいんです」
「そうか、君はどうしたらオレを信用してくれる?」
アンガスさんの瞳に影が落ちる。
「え?」
「いや、なんでもないんだ…そろそろ行こうか」
「…はい」
「そうだ、明日から通うところがあってあまり外出に付きあえなくなるけど、時間が合えば迎えに行くから」