祖国の情景
アンテルムさんと夕食の約束をした私は王家の居室へ向かった。
─トントン、とノックすると気怠そうなアンガスさんがドアから顔を覗かせた。
「ん?旅人君…どうしたの」
「アンテルムさんと夕食の約束をしていて」
「へぇ…兄貴と約束…まぁ座っててよ」
「お邪魔します」
エルネアの王家の居室はしっかりしたレンガの造りで、控えめながらも上品な装飾がされていた。私みたいな旅人が足を踏み入れてもいいんだ…祖国グァバメキアの城はもっと厳重で、魔法人形が監視していた。チヤは日々薄れていく記憶から祖国の情景を思い出そうとしていた。
「祖国は?」
「えっ」
心を読まれたかと思いアンガスさんの顔を見る。
「あ、いや。旅人君の生まれ育った国への単純な興味ってやつ?」
「僕は記憶がないんです、気が付いたらずっと旅をしていました」
鎖国されたグァバメキア出身、親は内乱罪で処刑なんて、恵まれた境遇の王子に話しても仕方ない。
「そう、旅人君にとってここが心から安らげる国になるといいな」
この人は何を知りたがっているんだろう…怖い。
──ガチャリ、玄関の戸が開いた。
「ただいま、待たせたな」アンテルムさんが帰宅した。
「兄貴、腹減った。早く何か作ってー」
「お前も作るんだよ、ほら手伝え」
「へいへい」
「あの、僕は何をすればいいですか?」
「招待したのに申し訳ないが、これを切ってくれないか」
アンテルムさんから差し出されたガーブ草を細かく切っていく。キッチンに男3人(私は女だけど)が並んで料理するなんて、おかしくてふきだしそうになる。
兄弟っていいな……私に肉親はいないし、旅先は人と関わることはなかったから……。
「痛っ」
考え事をしていたせいで指を切ってしまった。
「大丈夫か?ちょっと薬を取ってくる」アンテルムさんが別室に向かう。
「舐めれば治るっしょ、…ね?」
そう言ってアンガスさんは私の指を取り、目を合わせながら傷口に舌を這わせて血を舐めとる。
どくん、と心臓が跳ねた。
「ふ…顔、赤いね」悪戯な笑みを見せるアンガスさん。
「こら、アンガス!なにやってんだよ」
「えー男なんだから、傷口くらいほっときゃ治るだろ」
「すみません、僕はもう大丈夫です!!」
この人は分かっていて私の反応を見ている、きっとそうだ……。