1枚の手紙と思い出
ティナはリビングルームを後にし、自室の文机でおもむろに1枚の手紙を開いた。
『親愛なるティナ様
いかがお過ごしですか?エルネアは夏が終わり、秋になりました。
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今年、貴方は成人されたばかりですが、きっと綺麗になったのでしょうね。
願わくば、一度エルネアにお越し頂けませんか?
手紙では書ききれないほどの、私が見てきた外国の話も聞かせてあげましょう。
貴方に会いたいです』
それは季節のお見舞いというよりも、恋文のようなものだった。
少し神経質そうな整った文字を指先でなぞる。
(わたくしもティム様に会いたい)
*
幼い頃の記憶──エルネア王国には立派な図書室があった。
そこのソファに腰をかけて、ティナに外国の本を読んで聞かせてくれた第一王子ティム。
他の兄弟である王子、王女もいたがティナは夢中でティムの話を聞き入った。病弱なティナにとって外国の話は冒険に出るような気分にさせてくれたのだ。
両腕いっぱいに本を抱え、何度も読んでとせがんだことを昨日のことのように思い出す。
*
付き人「お嬢様、エルネア王国に到着されました」
ティナ「ありがとう、あとは大丈夫よ。お父様とお母様に伝えて」
付き人「かしこまりました」
自分が乗ってきた運河船が出発したのを見届け、振り返ると懐かしいエルネアの風景が広がる。
秋のひときわ強い風が波止場を吹き抜け、思わず首をすくめたが遅かった。ふわりとフードが外れると港にいた人々の注目を浴びた。
月光を集めたような白銀の髪はキラキラと輝き、腰まで長く優美な曲線を描く。エルネア王国でも希少とされる翠緑石のような瞳。品よく整った顔。
透けるような白い肌も相まって穢れを知らないだろう無垢な少女を目にした人々は感嘆の溜息を吐く。
(わたくしの髪色、珍しいみたい)
ポムの実のように頬を赤くして俯く。
???「可愛らしいお嬢さん、ようこそエルネア王国へ」
ふと目の前で声がして顔をあげると、そこにはまるで絵本から飛び出してきた王子様のような男性が立っていた。
いや、ひと目で高価だとわかる上質な衣装に輝く王家紋章の刺繍は王族の証だ。
こんな王子様いらしたかしら……?と記憶の糸をたどる。
やや女性的で繊細な目元や、品のある鼻筋や唇の造形を見れば見るほど、その身に流れる血の高貴さがありありと感じられる。
???「何じっと見て。オレに惚れた?ティナちゃん」
甘い声で名前を呼ばれてはっとする。
ティナ「まさか……アーちゃん?」
アンガス「思い出した?このオレを忘れる女はティナくらいだよ」
記憶の中のアーちゃんは、アッシュ色の長い髪をしたお人形のような王女だったはず。
ティナ「アーちゃん、男装もかっこいいね!」
アンガス「ぷはっ、マジで言ってんの?つーか、オレ生まれてからずっと男だし」
ティナの思い出がガラガラと音を立てて崩れた瞬間だった。